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2026.02.17

フェイスボウトランスファー

歯科医療において「どこまで本気で噛み合わせを考えているのか」は、その医院の姿勢を如実に表します。その象徴的な分岐点の一つが、フェイスボウトランスファーを行っているかどうかです。

フェイスボウトランスファーとは、上顎の位置関係を頭蓋に対して三次元的に記録し、咬合器へ正確に再現するための工程です。単なる“型取りの追加作業”ではありません。これは、患者さんの顎の動き、関節の位置、咬合平面の傾きといった、見えない要素を「可視化」するための手段です。

ここに、歯科医師の真摯さが現れます。


■ フェイスボウトランスファーを行う歯科医師の姿勢

フェイスボウトランスファーを行うということは、「見えないものを無視しない」という態度です。

噛み合わせは歯だけで成立しているわけではありません。
顎関節、咀嚼筋、頭蓋との位置関係、さらには全身とのバランスまで関係しています。補綴治療、全顎的治療、義歯、咬合再構成――これらを行う際に、顎の位置を正確に記録しないという選択は、本来あり得ないはずです。

フェイスボウを用いる歯科医師は、

・顎関節の位置を考える
・咬合平面の傾斜を考える
・側方運動や前方運動を再現する
・咀嚼筋の負担を考える

つまり、「その場しのぎ」ではなく「長期安定」を前提に設計します。

これは時間がかかります。
保険診療の枠組みでは評価されにくい工程です。
手間もかかり、説明も必要です。

それでも行う。

そこには、「自分の仕事に責任を持つ」という覚悟があります。


■ フェイスボウを行わない歯科医師の治療とは

一方で、フェイスボウトランスファーを行わない歯科医師も数多く存在します。

理由は明確です。

・時間がかかる
・診療報酬に反映されない
・患者説明が面倒
・咬合器操作に習熟が必要

しかし問題は、「やらなくても治療は成立するように見える」ことです。

クラウンは装着できる。
義歯も入る。
見た目は整う。

だが、その裏で何が起きているのか。

・顎関節への微細な負担
・咀嚼筋の緊張
・補綴物の早期破折
・原因不明の違和感
・慢性的な肩こりや頭痛

それらは“偶然”として片付けられます。

フェイスボウを使わないということは、「頭蓋に対する上顎の位置を無視している」ということです。これは、建築で言えば基礎を測らずに家を建てるようなものです。


■ 真摯さとは「見えないリスクに向き合うこと」

歯科医療の真摯さとは何でしょうか。

それは、
“問題が起きていない今”にこそ、リスクを見つけようとする姿勢です。

フェイスボウトランスファーは、トラブルが起きてから使うものではありません。トラブルを未然に防ぐための道具です。

・なぜこの患者は右側でしか噛まないのか
・なぜこの補綴物は何度も外れるのか
・なぜ顎が疲れるのか

こうした疑問に本気で向き合うなら、顎の三次元的位置関係を無視することはできません。


■ 咬合を設計するという覚悟

補綴治療とは「形を作る仕事」ではありません。
「噛み合わせを設計する仕事」です。

フェイスボウトランスファーを行う歯科医師は、
偶然に任せません。
経験則だけに頼りません。
“なんとなく合った”で終わらせません。

数値化し、再現し、検証します。

これは、自己満足ではありません。
患者さんの10年後、20年後を見据えた責任です。


■ 日本の歯科医療構造とフェイスボウ

日本の保険制度では、フェイスボウトランスファーはほぼ評価されません。
短時間で多くの患者を診る構造が出来上がっています。

その中で、あえて時間をかけるかどうか。

ここに、医療者としての哲学が出ます。

効率を優先するか。
精度を優先するか。

フェイスボウを使うという行為は、「効率よりも精度を選んだ」という意思表示です。


■ 患者が知るべき視点

患者さんは「白い歯」「きれいな歯」には関心を持ちます。
しかし「顎の位置」にはなかなか目が向きません。

けれども、本当に重要なのは後者です。

噛み合わせが崩れれば、

・歯は割れます
・被せ物は壊れます
・インプラントも破折します
・顎関節症になります

表面的な審美だけを追い、基礎を無視すれば、やがて破綻します。


■ 真摯な歯科医師の条件

フェイスボウトランスファーを行っているかどうかは、その歯科医師が

・咬合を理解しているか
・長期予後を考えているか
・補綴を設計と捉えているか
・責任を持っているか

を測る一つの指標になります。

もちろん、フェイスボウを使えば必ず名医というわけではありません。しかし、少なくとも「噛み合わせを軽視していない」という証明にはなります。


■ 最後に

歯科医療は、目の前の1本を治す仕事ではありません。
口腔全体を機能させる医療です。

フェイスボウトランスファーを取るという行為は、

「私はこの患者さんの顎の位置まで責任を持ちます」

という宣言です。

やらなくても、治療は“できてしまう”。
けれど、やるかどうかで未来は変わります。

真摯さとは、
見えない部分にこそ手間をかけること。

フェイスボウトランスファーは、その象徴なのです。

2026.02.17

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